さて、12月5日(金)の午後便で成田からバンコクへ。
到着は深夜1時前。
迎えの車は来ていたが、
通常、初めてタイの会社に行く場合、
付き添いの日本人も一緒に空港に出迎えるのがしきたりである。
しかし、到着が深夜になるので、俺の方から遠慮しておいた。
タイ人運転手が駐在員の常宿まで送ってくれたが、
夜2時を過ぎていたので俺を下ろしてサッサと帰っていった。
で、独りでチェックインしようとすると、
俺の名前の予約が入っていない。
会社名とその会社の人間で、
ココに泊まっている連中の日本人の名前を数人挙げ、
俺がその会社の人間であると信じてもらい、
なんとか泊まることができた。
部屋に入ると既に2時半。
疲れていたことだし、そのまま寝た。
翌日の土曜日、長いタイ生活のための準備。
まず両替と買い物。
スーパーリッチでは、1万円=3650バーツ。
現在よりもはるかにいいレートだった。
夕方、台北旅社に遊びに行き、その後はテーメーに。
(これはあまり書きたくないのだが、書かねばならない)
そこで1人ゲットして一緒に寝たが、翌朝・・・
翌朝10時すぎ、レセプションから電話があり、
「予約の宿泊客を泊めなければならないので
今日の昼12時までに出て行け」
との事だった。
よく考えると、
「タイではOさんが日本人のまとめ役のような立場なので、
会社に行ったらOさんと打ち合わせするように」
と聞いていただけで、
宿から会社までどうやって行くのか、
誰に話をすればいいのか知らされてなかった。
とりあえず、同じ宿に泊まっている事がわかっている
Tさんに内線で連絡し、何とかしてくれるように頼んだ。
これとて、寮でたまたまTさんと会って
一緒に飲んだりしてなければ、
彼が同じ宿に居ることすら知らず、
途方に暮れていたことだろう。
そういう意味ではギリギリの綱渡りと言えなくもない。
数十分後、Tさんが
タイ人の総務責任者Nさんに連絡を取って、
Nさんから宿に連絡を入れてもらい、
何とか泊まり続けていい事になった。
もう、ちょっとやそっとでは
何も感じない様になっていたが、
あまりの杜撰さに先行きの不安が増した。
ちなみに、後ほどTさんにお礼を述べに行くと、
部屋には居なかった。
翌日は日曜日。
夕方、美容院でカットして宿へ戻ると
Tさんと、俺が所属する部門の責任者Kがメシ食っていた。
このKがタイでは責任者である、
という事すら知らされてなかったのも
会社のデタラメなところだ。
ともかく、彼らはメシの後、
「カラオケに行くから一緒に」
と誘ってくれた。
俺はもちろんその種の遊びは嫌いではないから、
行って見たが、いかにも貧相なカラオケ屋で、
なぜこんな店に通っているのか理解できなかった。
が、”翌朝”の支払いの際に分った。
カラオケにしては安いのだった。
ま、でも、ペイバーの後、
俺が嫌いなラチャダーのディスコに全員で行き、
俺が多目に払ったので、トータルでは全然安くないのだが。
