2009年3月26日木曜日

駐在員に昇格直後に、またも絶望

つづき

課長に送ったメールは
彼の過去の発言に対する強烈な皮肉である。

さすがに課長は俺に一言も言い返せなかった。


が、数日後、タイ工場長に呼び出されて

「日本に送ったこのメールは何ですか?
 日本側にケンカ売ってるんですか?」

と、言われた。


これも予想していた事だ。

俺が送ったメールを部長やその他の連中に転送して、
”岡村が反抗的で始末書の書き直しに応じない”
と部長経由でタイ工場長に連絡したのだ。

或いは、始末書の催促をした部長が
課長から顛末を聞きだして発覚したのかもしれないが、
俺にとってはどうでもいい事だった。


この事件は、
俺が現地採用から駐在員に昇格した月に起こった。

駐在員に昇格してすぐ、
絶望して辞める気になったのだから
これまた皮肉なことではある。


俺は揉め事が好きなのではなく、
理不尽や矛盾をそのままにできない性格なだけだ。

俺は自分が悪いと思ったら、相手がどんな身分でも謝る。
タイ人ワ-カーに対しても、そういう接し方をしてきた。

一方、本社は決して非を認めず謝らないから
こうなっただけの事である。


それにしても・・・この性格では、
やっぱりサラリーマンは無理なんだろうね~

2009年3月19日木曜日

タイ工場とは・・・

先週のつづき

俺はこれで絶望した。
本社はひどい。


「困ったときは相談してくれればいいから
 頼むからタイ工場に短期駐在してくれ」

と言っておいて、相談したら

「タイの事なんて知らねえよ。勝手にしろ」


これでは、タイに来てくれる奴などいなくなる。




この事件のしばらく後、
俺の部下が同じミスを2度繰り返した。

例のごとく、
ミスしたワーカーと俺との連名で始末書を書かされたが、

「対策をもっと具体的に!書き直せ!!」

と言われた。


日本がミスを犯し、そのミスについて
俺が本社に”対策書”を要請した直後だった。

日本側は”自分達の方が偉い”と思っているから、
タイ工場に対しては対策書や始末書を書かせるが
タイ側からの要望はいつも無視する。

この時も俺からの要望は無視されたから、
俺は課長にメールして

「タイの事はタイで解決するように言われましたよね?
 よって、タイの中で解決しますから、
 書き直して日本に再提出する筋合いはありません」

と突っぱねてやった。

つづく

2009年3月12日木曜日

タイ工場の事はタイで解決しろ?

「困ったことがあったら何でも連絡してください。
 全面的にバックアップしますから」

と課長に言われて送り込まれた出張者が、
どうにもならなくて日本に居る課長に相談すると

「タイの事はタイで解決してください」

と突き放された事があった。


この出張者は、当初、タイ出張を断っていた。

また、
”出張”だと数日~数週間のように思えるが、
彼は最低3ヶ月の出張を言い渡された。

子供がまだ小さいので、
3ヶ月の出張は断ったのだった。

「ホントは1週間でも嫌だ。ウチの会社は、
 何かとタイのせいにする体質だったからです」

と彼は言っていた。


しかし、全員がタイ駐在・出張を拒否するので
部長が説得してようやく彼が同意したのだが、
その説得文句の一つが上記の

「困ったことがあったら何でも連絡してください。
 全面的にバックアップしますから」

だったのだ。

つづく

2009年3月5日木曜日

他の日系企業もこんな状況なんだろうか?

俺が会社に失望した原因はいくつもあるが、
「他人に責任を押し付けて自分は知らぬフリ」
という体質に嫌気がさした、というのもある。

タイ工場で何か失敗すると、
始末書なり、NGレポートなりの書類を書かされるようになった。

タイ現地法人がISOを取得した影響を受けて、
日本本社も書類が大好きな会社になりつつあった。

但し、日本本社はISOを嫌がって取得しない。
自分で自分の首を絞めることになるからだ。

(以前、本社の一部門がISO9001を取得したが
 仕事にならなくなってやめてしまった経緯がある)


さて、
日本側が失敗しても、そのような書類は書かない。
全ての責任をタイに押し付けるのが習慣だったからだ。

書いても同じ失敗を繰り返すのは、
日本もタイと同じだが、
タイでは言葉が通じないという、もともと不利な状況があり、
そしてコロコロ変わるワーカーがやったミスも
上司である日本人が責められる。

タイ工場は何度も何度も書かされる。

逆にタイが日本の間違いやミスを指摘しても、
書類は回ってこないどころか、
よくて沈黙、悪けりゃ逆ギレ。

そして同じミスを何度も犯す。