2009年4月30日木曜日

新社長のお蔭で駐在員に昇格

俺は駐在員になる前に
日本で研修中に1回、
タイで1回、辞意を表明していた。

どちらも、現地採用だという事が原因で
バカにされたり差別されたからだ。
(区別ではなく、差別である)


さて、
タイ現地法人の社長だったMさんが辞め、
しばらく日本人社長不在の状態が続いたが
ようやくタイの社長になる日本人が決まった。

その人は会計事務所出身の中途採用の人だったが、
会社を無事に上場させて仕事もなくなったので
会社には要らない人になっていたという噂があった。
(実際は四半期毎の報告書作成などで大変だろうけど)


本人ももう辞めてもいいと思っていたから、
最後に駐在員生活を経験したかったというのだ。

その新社長候補は、1年タイに駐在したら
会社を辞めて日本に戻る事を決めていて
その際に働く職場を決めたうえでタイに来た。


そういう暢気な立場だからか、
細かい事に気を遣ってくれる人だった。

俺が2度も辞意表明をしていた事を知り、
その原因を俺の仲良しS君ら数人から聞きだし、
俺を駐在員にする事をトップに提案してくれた。

何ともあっさり俺は駐在員になった。


手取り95,000バーツの月給+年1回のボーナス1ヶ月
(但し、残業や休出手当は一切払ってくれない)

から

2●万円+駐在手当6万バーツ+年2回のボーナス
+サービスアパートは会社負担

だが、
数字に表せない差もいろいろあった。


数字に表せる部分だけで比較しても、
2倍以上の好待遇になっている。

俺は給料を期待して就職したのではなかったが、
それでもこの差には驚いた。

だから、日系企業で働くなら、
現地採用の話は蹴るべきだと思う。

飽くまで駐在員として交渉すべきだ。
ダメなら違う会社にすればいい。

現地採用なら日系企業以外を選択すべきで、
その理由は来週書いてみる。


ともかく、新社長には感謝した。
そして、心機一転、頑張ろうと思ったのは確かだ。


また、この新社長Oさんは経理畑なので
「現場の事は分からないから口は出さない」
と公言していたが、代わりに、
タイ現地法人に巣食う害悪を少しづつ暴いていった。


O社長がいろいろと暴いていった結果、
工場長代理PKは辞めざるを得ない状況になった。

そして、PKは秘かに
以前下請けに使ったコンペティターと連絡を取り
その会社の幹部として再就職できるようにしてから
一方的に辞めていった。

2009年4月23日木曜日

現地採用はカーストが低い

嫌がらせを受けていたのだとハッキリ分かったのは
優秀なタイ人幹部候補生が打ち明けてくれた一言だった。


「PKさんが言ってました、
 岡村さんは現地採用だって。」

「それ、どういう意味?
 俺をバカにしてるの?」

「まあ、そんなとこです」


これで、いろいろおかしな事ばかりだったのも
全部辻褄が合うと分かったのだ。


もちろん、日系以外に就職しても、
他の理由で迫害されることはあり得る。

が、
「現地採用だから、駐在員と違って身分が低い」
などと言われてバカにされるのは回避できる。


日本で研修中に、人事部の課長から
「あなたは現地採用だから、ウチの会社の人間じゃない」
と言われ、
タイ人研修生以下の扱いを受けた時と同じ屈辱だった。



タイでは俺は、現地採用だから、
タイ人と同じ立場の「仲間」だと思ってきた。

しかし、そうは考えないタイ人幹部がいる事がわかった。


タイは階級社会だとか身分社会だとか言われるけど、
こういう事なのだと理解した。

現地採用の俺が大卒で、駐在員のほとんどが高卒でも、
現在の身分が現地採用だと、身分が低いのだ。

インドでいくら金持ちでも、
バラナシで死体を焼く職業の人間は、
バラモンやクシャトリアからは差別されるのと同じである。



日本人からの差別なら、我慢できるんじゃないかと思う。

駐在員はいつか帰国していく連中だし、
同じ日本人同士、話せば分かるはずだ。

だが、タイ人にバカにされ、嫌がらせを受けるのはキツイ。
タイでタイ人とケンカしても勝てないのだ。

たとえば裁判になっても、確実に外国人は負ける。

2009年4月16日木曜日

バンコク病院に入院

ちょうど夕方、部下のタイ人ワーカーの失敗が発覚して
当時の日本人責任者Kに怒られたとき

「海外保険が今週末で切れるんですけど、
 会社は掛けてくれないようですから、
 日本に帰って自分で保険を掛けてきます。
 保険料は自分で払うから、心配しないでください」

と、ついでに言ってみた。


すると、俺に休まれては困る責任者Kは
掌を返したように柔らかい態度に変わった。

すぐに工場長代理のタイ人幹部PKを呼んで、
早急に俺に保険を掛けるよう、指示した。


PKはイヤイヤ、俺の生年月日を聞いていったが、
たぶん、掛けてくれないだろうと俺は思っていた。


-2日後-


「保険証書を見せてください」

と、タイ人工場長代理PKに頼んでみた。


返事は案の定、

「まだ加入していないから、証書はない」



「じゃ、明後日に保険が切れるから
 自分で保険を掛けに帰国しますよ。
 会社に払ってもらわなくてもいいですから」


と日本人責任者Kに言うと、
とうとうKはPKに命令した、

「今日中に保険を掛けてやってくれ」


と。
そして、俺に対して

「万一、無保険の期間に何かあったら、
 会社が全額負担するから、頼むからタイに居てくれ」


このやり取りを聞いていたPKは
イライラした様子で申込書を持ってきた。
やはり、放置するつもりだったのだ。



幸か不幸か、この数日後、
俺は急性胃炎でバンコク病院に入院した。

痛くて夜も眠れないどころか、
のたうち回るほどの激痛だった。

もし、俺が保険加入を催促してなかったら、
俺は治療費・入院費を全額自己負担で払わされていただろう。

バンコクホスピタルに2泊3日の入院で、
支払い額は5万バーツを超えていたから、
自己負担だとその月は女遊びができなくなるところだった(爆)


ちなみに、
もし自腹の帰国が認められていれば、
俺はそのまま会社には戻らないつもりだった。

(これが先週書いた、「ある決心」だ)


当時の俺は現地採用の身分で、
俺が失踪してもタイ法人のことだから適当に処理するだろうし、
多少の迷惑をかける事はあっても、
会社に損害を与える事はないと思っていた。

それほど、PKの嫌がらせと
本社のひどさに絶望していたのだ。

住居についても、
俺は自分でサービスアパートを借りていたから、
会社を辞めても何ら問題なく、
退去する必要もない。


俺のような経験は珍しいケースだと思うが、
今まで書いてきた通り、経験上、言えることは、
日系企業で現地採用になるのは止めておく方が無難、
ということだ。

現地採用なら、日系以外に就職すれば、
こういった嫌がらせを受けなくて済む。

元々のスタートラインは皆、同じだからだ。



ちなみに俺は、
胃腸が人一倍強いのが自慢だったのだが、
まさか胃炎で入院するとは思わなかった。

俺はプライドが高いのだろうか、
屈辱的な日々に耐えられず、
胃が弱っていたのかもしれない。

或いは、年のせいかもしれない。

いずれにしても、
海外で働いていると、
思いがけない病気になることがありうる。

2009年4月9日木曜日

海外旅行保険

(先週書いた記事から約6ヶ月遡ります)


タイに赴任して1年経ち、
日本で掛けてくれていた海外旅行保険が切れる時期が来た。


2度にわたる失礼な発言を受けて以来、
俺は人事部に対してだけは強気の態度で通していた。

そのせいか、或いは単純に、
俺に対して悪いことをしたと思ってくれたのか、
または、万一の事があったら責任問題になると思ったのか、
タイ現地採用の俺に海外旅行保険を掛けてくれていたのだった。



さて、保険が切れるのは、さすがの俺も不安がある。

そこで、もう一人の現地採用Hさんに、
保険について訊いてみると、
Hさんには
タイ現地法人で保険を掛けてくれているらしい。


PKの嫌がらせと本社のダメさ加減に嫌気が差していて、
こんな事をPKに頼むのはホントは嫌だったが
俺には任された部署もある事だし、
保険が切れる10日前に海外旅行保険について打診してみた。


すると、総務担当のタイ人幹部N氏が
「日本本社と相談してからになります」
と俺に返事した。


本社が現地採用者の保険料を負担するワケがない。
今度こそ、「現地採用についてはタイ現地で」
となるに決まっている。


「私はタイで採用された人間ですよ?
 それに、Hさんはタイ側で掛けているんですよね?」

と言っても、本社の御伺いを立ててから、
と、Nさんは譲らなかった。


保険が切れる4日前になって再度、状況を尋ねると

「来週、本社からOさんが来たら
 その話をしてみますから」


来週だと、保険が切れる。
それを説明してもダメの一点張りなので、俺はある決心した。

2009年4月2日木曜日

収賄

先週までの課長は、実はとてもいい人だった。

日本で本社採用しようとしてくれたのも
恐らくこの課長だったのだろうし、
普段から穏やかで優しい人だった。

だから、俺はこの課長を好きだった。


ただ、いくらプライベートではいい人でも、
人生の多くの部分を占める仕事について、
「自分のミスは知らんぷり、他人のミスは猛攻撃」
これではホントにいい人とは言えない。

好きな上司に裏切られたような気がして
絶望の度合いも大きかったのかもしれない。



当時、課長はかなり心労が募っていただろうが、
俺には関係ない事だった。


実は、以前に何度か書いた「No.2の常務」が
永年に渡って下請けから収賄していた事がバレ、
2005年3月末で自主退職した形でクビになった。

この課長も同じように
業者からワイロをもらっていたのがバレて、
部長から課長に降格になったばかりだったのだ。


そして本社では、
この収賄課長に反抗的な連中も増えていた。

「長年、ワイロもらってた人の言う事など聞けません」

と、課長の指示に対して堂々と言い返す奴も居たほどだ。



それでも彼は、
俺を雇ってくれたSさんに次ぐ、敬うべき相手だった。

Sさんをオヤジとすれば、
この課長は兄貴だと思っていたからだ。


「タイの事はタイで解決しろ!
 日本はタイの事情には関知しない」

という無責任発言をするまでは・・・。



あの発言で、兄貴に見捨てられたような気がして、
兄貴を敬う気持ちは消えた。